
激しく燃え盛る22本の松明 
威勢よく練り歩く松明行列
430余年前の史実を起源とする須賀川晩秋の風物詩「松明あかし」は8日、翠ケ丘公園の五老山山頂をメイン会場に行われ、22本の松明が荘厳な炎を上げ、松明太鼓の勇壮な演奏と中学生らの応援合戦による熱気が混じり合って夜空を焦がした。
天正17年(1589年)、鎌倉時代から須賀川を治めていた二階堂家は伊達政宗に攻め込まれ、須賀川城は落城した。以降、合戦で亡くなった武士の弔いとして幾多の変遷を経て、現在の松明あかしとして連綿と市民が守り継いでいる。
今年も日中は宮先町の須賀川信用金庫本店駐車場に設けたおもてなし広場で戦国鍋や松明スープの振る舞いや農産物などの販売、甲冑武者らとの記念撮影を楽しむ観光客が多く見られた。
大松明行列の休止に伴って今年は須賀川一中だけが松明行列を実施した。開始前に大寺正晃市長は「同じ秀麗魂を引き継ぐ者として誇りに思う。どうかケガなく一致団結して頑張ってほしい」と後輩たちを鼓舞した。
生徒らは「伝統をつなぐのは一中だ!」「完全燃焼させるぞ!」など代表者の掛け声に合わせて士気を高め、宮先町地内を出発した。
沿道には保護者やOB、地域住民や観光客らが押し寄せ、子どもたちの勇姿を見守った。
信金甲冑クラブも法螺貝を響かせ、行列の盛り上げにひと役買った。
須賀川城旧本丸にあたる二階堂神社では御神火奉受式と須賀川吟詠同好会の献吟が行われ、熊田保御神火隊長をはじめ岩瀬郡市陸協のランナー25人が松明を点火するための御神火をトーチに灯してまちなかを駆け抜けた。
団体や一般参加の小松明行列が五老山にたどり着く頃には会場一帯は人であふれ返り、奥州須賀川松明太鼓保存会の演奏が響く中、人々は点火を今か今かと待っていた。
松明をもりたてる会のペレラ・ロドリッグ・ジュディカエル・コジョさんが大松明に火を灯すと、松明太鼓保存会の演奏も一層ヒート・アップした。中学生らは本松明のハシゴを登る仲間にエールを送り、「完全燃焼」に向け、ノドが枯れるまで声を張り上げ続けた。
商工会議所青年部のおもてなしフードコートや松明通りに並ぶ屋台も人気を集め、あちこちに行列ができていた。












