
昨年の釈迦堂川花火大会
県内を代表する夏の風物詩の須賀川市の釈迦堂川花火大会の休止が決まり、市内外で驚きの声が広がっている。市の財政状況を直接的な原因とみる向きが強いが、一方で人件費や物価の急激な上昇と、少人数の市職員がチケット販売、協賛金の依頼、PRまで担う偏った負担の構造とリスクなどの課題から、前年踏襲型を基本とする旧態依然の体制では、いずれにせよ限界を迎えていたとの見方もある。
現行の釈迦堂川花火大会における市の独自性と言える特長として、規模の大きさ、市内中高生の合唱と花火とのコラボレーション、ウルトラマンの曲に合わせた姉妹都市スターマイン、市子ども会育成連絡協議会と一般社団法人TERASの協力による、子どもたちがデザインした花火の打ち上げなどがある。
このうち規模の大きさについては、安全対策を万全にするための警備費等が必ず必要となるが、物価高の影響で予算を占める割合が年々増加し、花火自体にかけられる予算を増額しにくい現状があった。打ち上げなどを担う地元の糸井火工の尽力により来場者に感動を届ける品質が維持され続けてきたが、昨年度は飛行機のダイヤ変更に伴う打ち上げ時間の短縮などもあり、満足度の低下を指摘する声も聞かれた。
そうした背景もあり一部では「花火大会は全国に数多くあり、市内にはいわせ悠久まつりもある」との理由で大会自体の意義を疑問視する意見も存在する。
一方で今回の休止決定を受けた市民からは「花火大会があるから須賀川市に住むことを決めたといっても過言ではないので残念」「子どもたちが将来にわたって自慢できるふるさとの誇りであり、なくさないでほしい」など、存続を求める声が多い。
近く開かれる次回以降の実行委員会では持続可能な大会運営のあり方を検討していくが、市では段階を踏まえながら行政中心の現体制を民間中心に移行していきたい考えで、市の持つノウハウを民間に引き継ぐプロジェクトチームもつくりたいとしている。
釈迦堂川花火大会は、明るい社会づくり運動岩瀬須賀川地区協議会が実施する灯籠流しのアトラクションとして昭和53年から始まり、初年度は西川地内の釈迦堂川沿いで100発の花火を打ち上げた。
平成元年に松尾芭蕉来訪300年・松明あかし400年記念行事として全国尺玉コンクールと合わせ、約800発まで規模を拡大。当初は同規模が同年のみの予定だったが、市は名物行事として定着させるため、次年度以降も全国花火大会として開催し続けた経緯がある。
平成初期は福島空港の着工、開港など勢いに乗っていた時期でもある。
当初の目論見通り、市の観光を代表する一大イベントに成長したが、その規模の大きさゆえに見直しが求められる時期を迎えている。
厳しい声も聞かれる中で、大寺市政は「市民とともにつくる」「市民が『自分たちの』花火大会と思える」行事への移行に希望を託した。
どのような着地点を迎えるかは不透明であるが、若い世代を巻き込んだ新しいスタートが期待される。











