震災特別連載 3・11東日本大震災 歩みつづけて vol 10


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若き杜氏の挑戦

 震災や風評被害は多くの人の心に傷を負わせた。1日1日を乗り越えてきたこの10年の道のりで日本酒が果たした役割は大きい。ときに人々の苦しさや嘆きを洗い流し、ときに少しずつ前進した成果を祝福してきた。

 震災直後に杜氏としての道を選んだ松崎酒造の松崎祐行さん(36)は「酒造りを通して天栄村や福島県の力になりたかった」と話す。

 震災から約1週間後、小学生の頃から身近にいた先代の杜氏が病に倒れた。祐行さんは県清酒アカデミーを卒業したばかりで、外部から杜氏を招く話もあったという。「それでも酒造りに挑戦していくアカデミーの同期の姿を見て、自分もやってみたいと決意しました」。

 不安や思うようにいかない歯がゆさもあったが、蔵人たちと力を合わせて仕上げた初年度の酒は、23酒造年度全国新酒鑑評会で金賞に選ばれた。以来金賞の選考がなかった昨年まで8年連続で金賞に輝いている。

 「美味しさに絶対妥協したくない、という思いでした。復興のために努力する地元の背中を押せる酒を目指し、賞を取ることで力になりたいと考えていました」と明かす。天栄産の酒造好適米「夢の香」を使用した「天栄の酒」が全国に認められることは、村民にとって誇りとなっている。

 また県酒造組合として東京に復興フェアに出展した際「応援しているよ」と声をかけ購入してくれた人たちの温かさにも触れ、さらに美味しい酒造りへ意欲を燃やした。

 この10年はあっという間だったと振り返る。「毎年異なる出来栄えの米や気候などに向き合い、その時々でベストを目指してきました。金賞が続き順風満帆に思われるかもしれませんが、ただただ無我夢中でした。これからも村や県の力になれるよう、松崎酒造ならではの個性や特色を深め、福島の酒の裾野を広げていきたいです」とさらなる向上を誓う。