火曜コラム(紙面掲載 2023年6月13日)

高橋 亜純


君がいるから

 カーテンの隙間から朝陽がこぼれる時間、朝のあいさつしにくるわが家の犬。ぐずぐずしているものなら、顔中なめくりまわされ、否応なしに起きざるを得ません。
 「はいはい、散歩の時間でしたね。」と、さんぽの「さ」も言い終わらないうちから喜色満面。どうやら犬と暮らすことで生活にリズムができ、日々の暮らしがにぎやかになった気がします。
 ある日、散歩をしていると、首輪に黄色いリボンを付けた犬が向こうからやってきます。日本では滅多に見かけることはありませんが、リードなどに黄色い目印を付けた犬を見たら、「近づかないで距離を取ってね。」「そっとしてね。」と犬と飼い主を思いやる、スウェーデンのグループから始まった「イエロードッグプロジェクト」というものです。
 健康上の理由や訓練中の犬など、すべての犬が誰にでも友好的なわけではありません。中にはとても繊細だったり、人が苦手だったり、怖がりだったり、それは人とおなじ、犬の個性もさまざまです。
 ですが、わが家の犬、ハナは人好き犬好き。尻尾をちぎれんばかりにぷりぷりと振り、近寄ろうとします。
 〈犬よちぎれるほど尾をふってくれる 放哉〉自由律俳人、尾崎放哉(ほうさい)の句です。生きものへの情愛を差し出し、心地よい音感で伝わります。
 とにもかくにも彼女は嬉しいのでしょう。でも、ここは近付いてはいけない場面。方向を変えて、人同士、犬同士無言のやりとりがあります。
 人にも近付かれると不快に感じるパーソナルスペースがあります。平然と超えてくる人もいれば、ちょっと遠い人も。一人ひとり違って、関係や環境によっても変わるので、なかなか難しいものです。そんな中で、似たような距離感の人とうまく付き合っていく。それは犬も同じなのです。
 国によって、犬同士のあいさつの仕方が違います。日本だと社会性を学ぶためにあいさつさせることもありますが、ドイツなどでは道を歩いている時はあいさつをせずに、しれっと通り過ぎるのがマナーです。
 実は社会性の育った犬は落ち着いてスルーできるもの。それに散歩は犬と飼い主の大切な時間ですから。
 言葉を持たない犬。犬と人ではかなしいかな、言葉で意思疎通は叶いませんが、だからこそより深いところでつながっていると思います。
 梅雨を迎えました。散歩道に紫陽花が咲き始めています。花に朝露が集まって、通ると花の頭がふるふると揺れ雫が落ちます。それが面白いのか彼女は私の方を見上げて笑います。とっておきの宝物を見つけたように。 
 日々の一挙一動が愛おしさや癒しのギフトを与えてくれます。人間の7倍の速さで時が過ぎていく彼・彼女たち。だからこそ、積み上げる些細な時間が、かけがえのない思い出として胸の中で輝きを放つのです。

風流のはじめ館

高橋 亜純