火曜コラム(紙面掲載 2023年12月12日)

高橋 亜純


風流のはじめ館 高橋 亜純

師走のぬくもり

 師走。歳を重ねるにつれ、一年があっという間に過ぎ、その勢いはいっそう加速している気がします。
 先月、歳神様を迎えるために年用意を始めれば、師走に入って慌てることはないと、ちょこちょこと準備をしていました。
 そんなある晩、身を横たえると、痛みに襲われたのです。呼吸するにも、身体のむきを変えようともすれば激痛が走り、大きく眠りが損なわれたのでした。
 翌日、病院に駆け込むと、先生から「肋骨折れてるよ。ポッキリ。」と人生はじめての骨折。病ではなく身体の損傷。しかも、いつ折れたのか分からないという、いわゆる「いつのまにか骨折」です。
 時折、重ねていく年齢に心が萎えるのですが、生まれてきたからには、誰もが老いる。これも生きている証し。こうなれば、身体の強化月間です。骨強化にはカルシウムやビタミンDの多い食べ物だけではなく、たんぱく質も骨づくりには欠かせません。
 ならば、まずは栄養価の優れたあの旬の食べ物を存分にいただくことに。牡蠣フリークとしてはこの季節ともなると気分が盛り上がります。こども時分は海老フライより、牡蠣フライ。食べれば食べるほど、悩ましいような、行き場のないような気持になってくるのです。
 殻付き生牡蠣にレモン汁を絞りかけ、好みでタバスコをたらして食べるのが格別。熱を通すと、牡蠣の持つ豊醇な味わいが一段と増します。
 牡蠣の燻製に磯辺焼き、牡蠣飯、にんにくと葱と牡蠣のペペロンチーノは、バターが隠し味。たっぷりの大根おろしをいれ、ポン酢で食べる牡蠣の雪鍋。そして土手鍋です。
 これは鍋肌に味噌を土手のように盛り上げて塗りつけて、その真ん中に豆腐や茸、野菜を煮て、仕上げ前に牡蠣を入れます。土鍋のふちに練りこんだ味噌が溶けだして絶妙な味になっていくのです。
 郷土の愛知ではスーパーには申し訳程度に白味噌が置いてあり、ほとんどが赤味噌です、この土手鍋には赤味噌だけでは成立しないので合わせ味噌が牡蠣とは相性が抜群です。
 牡蠣は祝いの意味をもつ「賀喜」「嘉喜」と読み替え、はたまた「福をかき集める」と縁起の良い食べものとしてハレの日に食べたといいます。
 太古より重要なたんぱく源として食されていた牡蠣。江戸随一の漁師町として栄えた深川では、隅田川河口付近で良質な牡蠣が豊富に採れ、江戸の名物でした。
 深川といえば、芭蕉さんの草庵があったところ。〈牡蠣よりは海苔をば老の売りもせで 芭蕉〉という句は、天秤棒担いで振売りをする行商人の景を詠んでいます。
 さて残すところ、今年もわずか。どんな一年であったとしても、それは自分の大切な時間で、経験です。
 そして来る年、季節を愛おしみ、旬を味わう12カ月にしたいものです。身体も心も骨折しないよう、健やかな一年になりますように。

風流のはじめ館

高橋 亜純