火曜コラム(紙面掲載 2021年7月27日)

高橋 亜純


星迎え

「今宵、星に願いをかけましたか」と七夕の日、習い事の教室でささやかな音楽会が開かれました。そこでの奏者からの問いかけ。どこか気恥ずかしく、さりとて願いごとも思い浮かびません。
 恋におちて、仕事をほっぽりだしてしまった織姫と彦星は、神様の罰で離れ離れに。「天の川を渡って、年に一度、七夕の日にだけ逢えるんだよ」と子ども達に話していたのは遠い昔のこと。こうして日本人は子ども時分から七夕に寄せる物語の素地を育んできました。
 今年は一日ぐずついた天気でした。七夕に降る雨は「洒涙雨(さいるいう)」。雨で逢瀬が叶わない悲しみの涙とも、出逢ってまた別れに流す涙ともいわれています。
 ところが雨が降って渡れないときは、鵲(かささぎ)という鳥がたくさん集まり、銀河の上に翼を並べ揃えて橋をつくってくれます。「鵲の橋」と季語にもあるこの鳥、からすより小さく黒白色分けした美しい鳥です。ほかにも頼もしい助っ人がいる地域があります。
 20代のころ過ごした信州の松本では、七夕は「月遅れ」の8月7日に行われていました。紙を折った平べったい七夕雛があちこちの店や家々の軒に吊るされ、板製の人形に着物が掛けられます。
 着物をきた顔つきハンガーが並んでいるわけですから、初めて目にしたときはぎょっとしたものです。
 なんでも6日の夕方から、織姫が彦星に逢えるようにと着物を軒先にたくさん吊るして、「どれでもお好きな着物を着てらしてくださいな」とお供えをするのです。
 そして織姫を天の川の向こう岸まで送り届ける時に着物の裾が濡れないよう、背負って天の川を渡るカーターリ人形と呼ばれる奴も飾ります。川渡りが訛ったのでしょうか。この助っ人、深い川を渡るので足が長いらしいです。
 ちょんまげに髭をはやし、毎年出番がなくとも控えている七夕のナイスガイな名脇役です。
 いまの暦では7月7日に行われている「七夕」ですが、梅雨のさなか。もともとは旧暦の行事でした。
 現在の8月上旬から20日ころにあたるので、空も晴れて、夜空に無数の星が煌めくころです。七夕は旧暦で行えるとよいなと思うのですが・・。かの芭蕉はこの句を詠んでいます。
 七夕や秋を定むる夜のはじめ 芭蕉
 また古の人は朝早く起きて、里芋の葉っぱの中でコロコロしている露を茶碗に集めます。この朝露は月からこぼれ落ちた神様からのおすそ分け、天水の雫なんだとか。その水滴で墨を擦って、筆で五色の短冊に願いを書きます。字が上手になりますようにと。
 さて風流のはじめ館でも月遅れの七夕を飾ります。
 しゃらしゃらと涼しげな葉っぱの音。これから子ども達の俳句教室がはじまります。色とりどりの短冊にどんな願いごとがつりさげられるのでしようか。
 わたしも願い事。なにを書こうか。やっぱり字が上手くなりますようにと願います。

風流のはじめ館

高橋 亜純