火曜コラム(紙面掲載 2021年12月21日)


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風流のはじめ館 高橋 亜純

「見立ての心」

折りくるる心こぼさじ梅もどき 蕪村
 
 天地の陽気がふさがり、空はどんよりと重たく垂れこめる灰色の雲に覆われています。 そんな冬空の下、散歩をしていると鳥が運んできたのでしょう。何でもないところに赤い実が散らされていました。おそらく、ウメモドキの実です。
 名前の由来は梅の葉の形や枝に似た木ということでしょうか。
 「擬(もどき)」とは、他の言葉についてその風采や風情に似たように創り出されているものを表す接尾語で料理などにも使われます。
 別の素材を使っていかにもそれらしく見せたいわゆる見立ての料理です。おでんの具材「がんもどき」も豆腐を使って雁の肉に見立てたもどき料理の一つ。くずした豆腐に人参、ごぼう、ひじき、椎茸に銀杏、麻の実などを入れて、平円形にして油で揚げます。
 私が生まれた地方では、「飛龍頭(ひりょうず)」と呼んでいました。また、鰻もどきなんて言うのもあります。摺り下ろした山芋を鰻の形に成形し、黒い皮に見立てた海苔をはり付けて甘辛いタレを付けて炙ったもの。
 こうした見立て料理は精進料理から誕生しました。法事の席やお寺の食事には生臭いものはご法度です。さらに庶民には高級な食材は手に入らない。とはいえ、豆腐と野菜だけではなんとも味気ない。そこで一見肉や魚に見えるけど、実は・・といった具合です。
 もともと日本には「見立て」文化がありました。ものを本来の目的や用途ではなく、別のものになぞらえて、新しい価値観を見出す美意識です。
 例えば、茶の湯では船に乗るための入口をにじり口としたり、水筒として瓢箪や篭などを花入れとします。日本庭園も見立ての技法が多用されています。
 代表的なのが枯山水。水をいっさい使用せずに、雄大な自然の景観を砂や小石を敷き詰めて水面に見立てます。
 こうして、ふたつの性質の違うものを結び付けて表現する「見立て」は、古くから歌舞伎、落語、作陶、盆栽など様々な伝統文化に取り入れられてきました。
 さて須賀川の愛宕山付近には、かつて俳人藤井晋流により、近江八景に見立て「須賀川八景」と命名した情景がありました。
 そもそもは、中国の宋代に景勝地として名高い瀟湘(しょうしょう)八景を倣った「○○八景」が近江をはじめ全国に誕生しました。
 春秋にはもうろうと霞が立ち、夕暮れには夕日が池を映し、寺の鐘がなり、田園には雁が群れをなして飛ぶ。月明かりに浮かぶ密蔵院は、訪れる人々を魅了した美しい情景があったのでしょう。
 今年も、日常の中の風景が変わり、悲喜こもごも色々なことがありましたが、いつも通る道の何気ない風景や植物に救われることもありました。
 ふと、目の前にあるものの見方を少し変えれば、何でもない日常がもったいないぐらい、大切と思えるかもしれません。

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