火曜コラム(紙面掲載 2022年3月15日)

高橋 亜純


暮らしの中に日本茶を

 もうすぐ春分です。どこかほんわかと温かみを帯び春の気配を感じます。このまま甘い期待を打ち砕くような寒さが来ないことを願うばかりです。
 このころ朝起きると、まずお湯を沸かします。沸騰させて一度茶碗で冷ましてからお湯を注ぎます。ゆっくりじっくり茶葉のひらきを待ってお茶を淹れます。今飲んでいるのは、鹿児島の知覧茶。香りが好きで、甘味旨味をしっかり感じる茶葉です。
 そしてそれを父の茶器にまずは注いで、自分にも入れます。そうして朝一番のお茶を供えたら、お線香を灯して手を合わせます。「今日も一緒にがんばりましょうね。」と心の中で話しかけて一日がはじまります。これが私の日課になりました。
 先日、風流のはじめ館で須賀川おとな塾「はじめての茶道」が行われました。先生が手間をかけて、一椀のお茶を心込めて点てます。襖の開け閉めやお辞儀の仕方、床の間の前に正座し、扇子を置いて一礼。と一通りの作法を教わります。
 この日の床の間の軸は淡い藤色と紫檀色に表装された「立ち雛の図」。季節の花は、桃の花がそっと活けられてあります。茶室の花を「茶花」といいます。
 まろやかな音でお湯がお茶碗に注がれ、シャシャシャシャ…と茶筅を振る音。障子越しの光でほんのり暖まる茶室に抹茶のひとすじの香りが立ち込めます。
 前晩は夜更けに春の嵐が吹き荒れてよく眠れなかったせいか、心地よく、わたしはぼんやりと先生の所作を眺めていました。効率的でありながら芸術的。すべてに意味を持たせながら、最小限の動きで全体が統一されているのです。
 そして相手や物を大切に想い、敬うことを教わりました。専門知識や道具が立派なことよりも、いかにお客さまに寛いでもらうかが大切なのだと。そうして和やかな雰囲気で講座が終わりました。
 先生より「一杯のお茶をどうぞ」といただいたお茶の美味しかったこと。大きな茶碗に映える美しい緑色が目を楽しませ、抹茶のさわやかな苦味と深い旨味が口の中に広がりました。 
 日常の喧噪から少し距離を置いて、お茶を飲む時間を取り入れることで、心もフラットになる気がします。ほんの少しの余裕というのは、こういうことなのかと感じるのです。
 風流のはじめ館に父の好きだった梅の花がほころび、亡くなって最初の春が訪れました。父はティーバックのお茶を買うのを嫌がり、訪ねると殊の外気に入っていた犬山焼の急須でお茶を丁寧に淹れてくれました。一煎飲んだら、もう一煎と手慣れた様子で注ぎたし味わっていました。
 誰かのために茶葉を選び、湯を沸かし、お茶を淹れることは、当たり前の日々をほんの少し華やかに、そして優しくしてくれる気がします。

風流のはじめ館

高橋 亜純