火曜コラム(紙面掲載 2022年4月19日)

高橋 亜純


春告げ魚

 桜は散り、芽吹きの季節になりました。それにしても春は不思議と短く感じられます。
 春の訪れを知らせるという春告草は梅、春告鳥は鶯。では春告魚といえば、鮴(めばる)でしょうか。地域によっては鰆や細魚(さより)も春の訪れを報らせる魚です。
 ですが俳句で春告魚となると鰊(にしん)であります。鰊は、水温が緩みはじめると産卵のため群をなして北海道沿岸に押し寄せる寒流性の回遊魚であります。卵は、縁起物の「数の子」です。かつては鰊漁が盛んで、年間100トン近い漁猟高を誇り、鰊御殿が海沿いに立ち並んだそうです。
 いまは日本全体の年間漁獲量が400トン程度ですから、どれだけ大漁だったことか。食用にしても有り余るので脂を絞り、北前船で西に運ばれ、畑の肥料にもなりました。まさに明治は鰊によって支えられたわけです。
 しかし、それも遥かむかしの話。海流が変わったのか、乱獲のせいでしょうか、1950年頃からぱったりと姿を消し、「幻の魚」とまで言われます。
 ところが鰊がまた戻ってきているのです。北海道主導でプロジェクトがはじまり、その3年後群来が確認されるようになります。絶滅寸前からの復活劇をとげたのです。
 このところ食卓に鰊が登場します。新鮮な鰊は塩焼きやなめろうに、ことに菜の花、ニンジン、生姜を添えた鰊の甘酢漬けは美味であります。
 京都発祥といわれる「にしん蕎麦」を食したことがあります。四方を山に囲まれ、海のない京都では、乾物を使った料理が浸透したようです。昆布とかつお節でとった出し汁に身欠き鰊が纏う甘辛いたれが溶けだし素朴な味わいです。
 身を二つに割いて干したことから「二身」の名がつけられたとか。会津地方にも鰊の郷土料理「鰊の山椒づけ」があります。江戸時代に北海道で獲れた大量の鰊は干物として加工され、海を渡り新潟へ。そして会津まではるばる運ばれたのです。
 この道は「鰊街道」と呼ばれ、行商人が天秤をかついで長い長い道のりを歩いて売りに来ていたと。春になれば会津では山椒が一斉に芽吹きます。山椒には防腐効果があり、生臭さを消して香りづけにもなるので、大量に買って蓄えたのでしょう。「鰊と山椒」これがまた相性がよいのです。
 旬の字に竹冠を被せると「筍」。新鮮な筍に出合うと嬉しくなります。「鰊と筍」は、食べ合わせ、取り合わせのどちらも吉。仲がいいことの諺にもあります。冬の間じっと土の中で寒さに耐えてきた筍。独特なえぐみは米糠と唐辛子を加えたお湯で湯がき、「そっと?」美味しさを引き出します。
 ともあれ、春の息吹をびゅんと心に吹き込んでくれる季節です。
 いまは、別れも出会いも唐突で、世界中で生まれて亡くなるのは日常茶飯事。物や心を調えるゆとりさえなく感じてしまいます。
 だからせめて、行く春を惜しむ気持ちの中で、今日も明日もお腹の底から幸せになる旬を食べ尽くす食事をしたいと思うのです。
 
 笹正宗鰊山椒にすすみけり 高澤良一

風流のはじめ館

高橋 亜純

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