火曜コラム(紙面掲載 2022年9月21日)


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風流のはじめ館 高橋 亜純

糸と織と染

 小学生の頃。通学路は絶えず川の流れる音が聞こえ、向こう岸には桑畑が広がっていました。
 夏の初めになると桑の実が熟します。木苺に似た柔らかい粒が集まった実で、はじめ緑色でしだいに紅色になりますが、紫黒色(しこくしょく)になる前につい口に入れるとかなり酸っぱくて吐き出したものです。
 岸辺近くに住む友人の家では蚕を飼っていました。田植えの時期には、新鮮な桑の葉採りをせっせと手伝った憶えがあります。
 記憶の底に残っているのは、奥の間から静かに小雨が降っているような、「サラサラ、シャワシャワ。サラサラッ」という音。これは、蚕が桑の葉を食む音を蚕時雨(こしぐれ)といい、春の季語でもあります。
 休眠を繰り返しながら成長した蚕は猛然とした食欲で昼も夜も桑の葉を食べ続けます。
 しだいに透き通るほど白くなり、やがて桑の葉をたべることはなくなります。すると蚕たちはそれぞれの部屋で一斉に糸を吐いて繭を作り始めるのです。
 命と命の神秘的な営みを目の当たりにし、見てはいけないものを見たような不思議な気持ちになりました。
 「おきゃあこ様は、大事に大事に世話をせな生きていけんのだよ。」とよく友人のお婆ちゃんがお蚕様の話をしてくれました。
 かくして生糸、絹、布といったものが暮らしの中心にあった時代。須賀川でも桑畑が広がり養蚕が盛んな地域がありました。蚕を育てていた家からは繭を煮る独特なにおいがして町中に漂っていたといいます。また何十軒もの染物屋が清流を求めて釈迦堂川のあちこちで染物を水洗いする様子が日常風景としてあったそうです。
 さて当地に手染め一本で100年以上に渡り変わらぬ技術を地道に繰り返し、継承続ける染工房「形幸」を訪ねました。
 「ちょうど注文がきたので一反染め上げるから」と工房へ案内していただきました。奥手に回ると道沿いの店構えからは想像できなかったかつての時間を彷彿させる空間が広がっています。
 光の具合により、ビロードのように滑らかに映る土間、ずっしりと梁がわたった天井には6メートルの張板が何枚も吊るされています。
 昔日、職人たちが集い、日々仕事に向き合った場所。今も隅々まで「仕事」の気がみなぎっていました。染め上げられた作品を見て、手染めだからこそ出る絶妙な加減、色の深みと奥行きを出す職人のわざに驚かされるとともに、その美しさに身も心も癒されました。
 あの緑色の桑の葉が、蚕によって透き通った細い糸となって吐き出され、製糸を経て生糸に生まれ変わる。そしてさらに美しい絹糸に。それが反物になりいくつもの型紙を重ね合わせ、着物に生まれ変わる不思議。美しい色目の上に染められた文様。文様の名前を口に出して読むだけでも楽しいものです。「青海波」「行儀」「牡丹唐草」「梅鉢」「菊に松皮菱」「雪輪」
 「御召十」とどれも物語があります。
 何気なく暮らしていると、周りにある自然や生活が当たり前すぎて、気づかないことが意外と多く驚かされます。作り手の想いやものへの愛着を感じられる感性を育てるきっかけは、まず地域の文化を知ることから始まるのかもしれません。

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