火曜コラム(紙面掲載 2023年5月9日)

高橋 亜純


夏告げ鳥

 「キョキョッ、キョキョキョキョ」。夜のしじまに悠々と流れる雲間からのぞく月に照らされ飛ぶ鳥の声が聞こえてきました。南方から渡ってくる夏鳥、ほととぎすの声です。
 その特徴的な声は遠くからでも響き渡り、谷文中が描いた「月に杜鵑(ほととぎす)図」にあるような景でした。夜に鳴く鳥として珍重され、昔の絵師はよく月夜や雨の中を渡るほととぎすを描いています。
 〈ほととぎす大竹藪をもる月夜〉こちらは芭蕉。鋭い一声を上げて夜空を翔け、黒々とした竹藪を破って月明かりが漏れている景。
 〈谺(こだま)して山ほととぎすほしいまま〉杉田久女の名吟として、つとに知られています。谷から谷へ、実に自由で、高らかに響き渡る様が「ほしいまま」の一語で表されている句景です。
 繁殖期は昼であろうが、夜であろうが、雨が降ろうともいつでも鳴き続けます。なんでもほととぎすは、他種の鳥の巣に卵を産んで雛を育てさせる〝托卵”の習性を持っています。卵のあずけ先はたいていうぐいす。
 卵を預けるといっても「ひとつよろしく」「はいよ!」というわけにはいきません。そこでだましのテクニックを駆使します。ねらった相手の巣を辛抱強く観察し、親鳥が離れるほんの一瞬の隙に巣に侵入します。巣の卵をひとつ抜き取り、そこにすぐさま産卵するわけです。その間、数秒。なかなかのしたたか者に感じますが、彼らには托卵をしなければいけない生態的な訳があるといいます。体温を保持する力がよわい、卵を温めるのに向いていないとか。ならば少し寂しい気もします。
 さて、ほととぎすには「時鳥」「杜鵑」「不如帰」「霍公鳥」「子規」「あやめ鳥」、「うない鳥」「夕かげ鳥」・・と異名の多いこと多いこと。それだけ日本人と多面的な付き合いをしてきた格別で複雑な存在なのです。
 その中でも「時鳥」と書くのは、夏告げ鳥として待ち侘びられる存在だったからかもしれません。
 万葉集に収められた時鳥の歌は153首あるとあります。夏の到来を知らせるだけでなく、都を偲ぶよすがでもあり、冥土に通う鳥ともされてきました。戻らざる日々や還らざる人々を呼び出す橋渡しのような。
 〈陸奥や岩瀬の森の茂る日に一声くらき初時鳥〉市内塚田の鎌足神社にある歌碑です。深い森の木陰でじっと息を潜めている他の鳥たちをよそに、時鳥だけは夜空を翔け、鳴き続ける。鋭いその鳴き声は悲痛な印象さえ受けます。
 作者である紀貫之が当地に訪れたかは判りませんが、当時岩瀬国の中心として栄えていた須賀川には、多くの役人が派遣され、ここ岩瀬の森は旅人が通る古道、東山道の宿駅でした。近くに流れる釈迦堂川の渡しがあった傍には〈陸奥の岩瀬の渡し水越へてみつまき山に雲ぞかかれる〉の歌碑が建ちます。みつまき山は岩瀬の森のことです。
 目には青葉の候、もう暦のうえでは夏のはじまり。季節の舞台は、萌える新緑に勢いも深みを帯びて濃い緑のステージへ向かいます。

風流のはじめ館

高橋 亜純