火曜コラム(紙面掲載 2023年9月5日)

夏奈色ひとみ


「セミ鳴かぬなら水槽の世界なり」

 残暑厳しい日々が続きますが、あちこちで虫の声が聞こえ秋を感じるようになりました。
 昨年の夏のお話です。自宅の庭のアオダモの木でミンミンゼミが鳴いていました。近づいて行くと、セミはすぐに飛んで逃げてしまいましたが、幹にはセミの抜け殻が数個ありました。
 そして木の根元をよく見ると、地面の所々に小さな穴が開いていました。この小さな穴からセミの幼虫が出てきて木に登り羽化したのでしょう。
 私は、自宅の敷地でセミが誕生したことにとても驚きそしてうれしくて、さっそく日没の午後7時過ぎから外に出て、静かに地面や木を観察してみました。
 すると、セミの幼虫が3匹、木の幹の各場所でゆっくりと木を登っているではありませんか!
 私は幼虫の動く姿に目を奪われました。1匹の幼虫を観察していると、しばらくして立ち止まり、ゆっくりと茶色の背中が開き、薄緑色のセミの体が見えてきました。
 初めてセミの羽化の瞬間に立ち会えることに歓喜し、セミの邪魔をしないように、静かに家と庭を何度も往復して観察を続けました。
 ゆっくりとゆっくりと殻から出て徐々にのけ反るように逆さまにぶら下がる姿は圧巻です。足まで出ると、腹筋をするように下にあった頭をぐっと持ち上げ体制を立て直し、殻の上に覆いかぶさりました。
 そして縮んでいた羽がだんだん開いていきました。羽化したばかりのセミは神秘的な白い半透明な色をしていました。感動です。もちろん、スマートフォンのビデオやカメラに収めました。
 しかし、3匹の幼虫うち、1匹は背中が開いて少し体が見えたところで動きが止まってしまいました。結果、そこで力尽きたようでした。後に、順調に羽化できるセミは5割にも満たないことを知り、命の誕生の厳しい現実を思いました。
 また、調べてみると、成虫のセミが木に卵を産み、多くは1年近く過ぎてその卵が孵り、白い1~2ミリの小さな幼虫が木から地面に下りて土に潜り、そこで数年間過ごすのだそうです。
 その果てしないとも思える行動と時間・・・畏敬と言う文字が浮かびました。と同時に、成虫になってからは一般的にほぼ数日の命と言われ、昔からその儚さがよく謳われるセミですが、成虫になる前の木や土の中での数年間に思いを馳せる時、きっとセミなりの幸せな有意義な生活を送っているのだろうと思えました。
 そして、今年の夏・・・。アオダモの木に2つの抜け殻が律儀に縦に並んでいるのを見つけました。きっと兄弟ゼミが一緒に羽ばたいたのでしょうね。

絵本作家

夏奈色ひとみ

絵本作家